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□□■ Note >> ハッピーエンドはやめよう! ![]() ■Take this happy ending away ! 先日話していて、疑問に思ったこと。 今やってるARIA本、美樹のお話は実はもう頭の中で最終回をどういう話にしようかは大まかに決まっていて、美樹さんやあのお店が最後はどうなるのかも一応は全部アイデアとしてまとまっている。 凄まじいネタバレなので詳細は明かさないが、友人と話しているうちに「コレはバッドエンドじゃないだろうか」と思うようになってしまった。 嗚呼! 自分ではハッピーエンドのつもりだったのに!! ハッピーエンドの定義ってなんでしょう? 作中でキャラクターが望んでいることでしょうか? それとも読者が作品に望んでいることでしょうか? 前者を押し通すのは良く言えば「読者に作品を教える」という方向性を持ちますが、いってしまえば自己完結的ですし、独りよがりな作品ともいえます。 後者は「読者の望む作品を提供する」と言う立場を持ちますが、しかし作品としてはノンポリと言われてしまう面もあるでしょう。 ARIAを例に出しましょう。 恐らく主人公の灯里が一人前のウンディーネとして成長するのが物語の大筋なので、彼女が一人前になれたらハッピーエンド、なれなかったらバッドエンドです。 しかし、一人前になれたらハッピーエンドでしょうか。 恐らく読者が望んでいるのはウンディーネ界を代表するトッププリマの灯里でしょう。 灯里には才能があります。 交友関係が広く、水の3大妖精の名を次ぐ存在になる事を読者は望んでいるでしょうし、自分の予想ではそういう結末になると思います。 しかし、灯里はそうなる事を望んでいるでしょうか? そういう上昇志向を持つ「おれさま」でしょうか? 読者ならそういう主人公でないのは明らかだと思います。 しかし、では灯里がドジっ子のまま何とか一人前になって、平凡なウンディーネとして細々と生活する事を読者は望むでしょうか? 展開次第では十分それを納得させる事は可能ですが、しかし、アリシアさんと並ぶトッププリマになるだけの才能を腐らせることに、読者は納得するでしょうか? 事実アリスは鳴り物入りで一人前になりました、普通にプリマになったのでは確実にアリスに対比されます。 作中では藍華やアリスは、たとえダメな灯里でも分け隔てなく付き合うかけがえのない友人でしょう。 しかし、読者はそうでしょうか? 灯里が杏のように普通に何度も試験に落ちて、何とかウンディーネになれたような平凡なウンディーネでは、人気者のアリスに較べて思う点がおそらくあるでしょう。 灯里は別にそれで構わないと思うはずです。 しかし、コレをハッピーエンドと言うでしょうか? ■仮にハッピーエンドを最初にあげた例 「ウンディーネ界を代表するトッププリマの灯里」 としましょう。 これがハッピーエンドです、そう言い切るとします。 逆にこのオチからハッピーエンドの定義を見出すとすると、まず「才能」がないと絶対にハッピーエンドにはなれません。 恋愛ゲームで言えば、可愛い女の子に振り向いてもらうだけの「基礎的な性格・容姿」といえる部分でしょうか、もっともこの部分は割愛されているでしょうが。 それから主人公が望む望まないにしても、名声を持つことが絶対ともいえます。 平凡な結末を期待していないのであれば、成功と名声を持つことは絶対です。 ……しかし、そう書くと違和感を感じるはずです。 「才能がなくたって」 「大事なのは名声や名誉なんかじゃない」 とか普通は思うでしょう。 事実「幸せな結末」とは才能やチャンスには関係ないと思います。 世界で名声や才能を持つ人はホンの一握りです、それ以外の人は全てバッドエンドでしょうか?? だけど、多くの読者は灯里の才能に期待しています、美樹のようなドロを噛むような努力(をしているかどうかは別として!)や凡才は期待してないでしょう(爆) そしてARIAカンパニーの看板になる事の、灯里の名声に期待していると言えるでしょう。 ■話がややこしくなってきましたが…… 恐らくどの作品に対してもある虚構感、幻想感というのは恐らくこのハッピーエンドの定義において、読者との意識のズレに核心があるんじゃないかとほのかに思っています。 1月のインテックス大阪での発行を予定している作品では、ちょっとそんなハッピーエンドの定義を追及した作品を制作しようと、仕込み中であります。 恐らく結論などなくて、あるのは各々の意見のみなんでしょうが、なんらかしらの形で、違う目線からの角度を意識してもらえるような作品を考えています。
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